貧乏で辛いと感じたエピソードと体験談20選!

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ここでは「貧乏で辛いと感じたエピソード」をテーマに、さまざまな方の貧乏生活の体験談をまとめています。

今回は「あなたの人生でもっとも辛いと感じた貧乏エピソードについて教えてください。」というアンケートを20名の方に実施し、それぞれの体験談を教えていただきました。

参考にしてみてください。

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体験談1

男性
(男性 20歳)

私は中学生まで田舎の実家にいたのですが、その家はとても貧しく生活は辛いものでした。

母が早くに亡くなり、父は工場に勤めてわたしを養ってくれましたが、田舎だったため給料は高くなく、2人で生きていくのは大変でした。

給食費を払えないため学校でもお昼は無く、友達に分けてもらったりして何とかしのいでいました。

子供の私にはこの経験はとても恥ずかしく、当時はお父さんに文句を言ったりしてしまいました。

また、旅行や贅沢なども経験がなく、友達と遊んでも自分は何も買えずひもじい思いをしたのを覚えています。

今は東京へ出てきて働いているので不自由なく暮らせていますが、時々当時のことを思い出すと、お金がなくて恥ずかしい思いや辛い思いをしたこと、そのせいでお父さんに当たってしまい酷いことを言ってしまったことを思い出すと胸が痛くなります。

 

体験談2

女性
(女性 21歳)

一人暮らしをはじめたからずっと貧乏ですが、一時期ほんとに貧乏すぎて飯代、洋服代も自由に買うことができませんでした。

それは、私がアイドルにハマってしまって毎月4万以上使ってたからです。

そのため、体重も3kg痩せて、精神的に良くなくて食べるものがなくて辛かったです。

自分のなかでアイドルにハマるのがいけないとわかって反省してやめました。

次第に、体の調子も良くなり辛い日々から脱出することができました。

 

体験談3

女性
(女性 25歳)

妊娠していた時です。

妊娠が発覚し、仕事も辞めてしまい、収入源は旦那だけの収入になりました。

今まで、個人事業主として、がっつり働いた私なので、急に仕事ができなくなりこれまでの金銭感覚が狂いました。

こんなにもお金に悩んで、毎日の生活費を計算して、節約する生活は辛かったです。

好きな服や、外食はできず、毎日格安スーパーにおじさん、おばさんと混じって買い物しに行っていました。

旦那だけの収入は、少ないわけではないのですが出産費用など貯金額を含めるとカツカツの生活でした。

 

体験談4

女性
(女性 26歳)

私が人生でもっとも貧乏だった時は、食べ物(冷蔵庫の中)がキャベツと焼きそばしかなかった時です。

なぜそうなったかというと、まだ年齢も20代前半で若く、社会人になり田舎暮らしから初めて都会の彼氏ができて浮かれていました。

すぐ近くには欲しいものが手に入るお店がたくさんある環境で、極めつけは彼氏の趣味であったギャンブルに私も手を出してしまったことです。

それからビギナーズラックで大勝ちしてから、借金をしてまでパチンコ屋さんに通いました。

負けが続いて、お米すら底をついたそんなある日、彼氏が仕事で私はお休みの日にご飯を食べようとして冷蔵庫を開けると、キャベツと焼きそばしかなかったのです(笑)

作っているときから悲しかったですが、初めてキャベツが美味しくて泣きました。

今ではもう真面目に一児の母ですが、もう二度とあんな自業自得の悲しい貧乏生活はしないようにしようと心に決めています。

 

体験談5

男性
(男性 27歳)

1日の食事で1番美味しいものが学校の給食というぐらい、ご飯におかずはほとんどありませんでした。

外食も1年に1回誕生日のときだけでした。

洋服も自分の背丈にはとても合わないようなお古がほとんどで、買ってもらった記憶がほとんどありません。

お小遣いなんてもらったことがなく、お正月のお年玉が年間の自分のお小遣いといっても過言ではなくやりくりに苦労していました。

家もトイレもお風呂もボロボロで畳や障子が黄ばんで汚れていました。

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体験談6

女性
(女性 28歳)

私のもっとも辛かったエピソードは、一番貧乏だった小学校の時、お風呂に毎日入れなかったことです。

冬はまだ汗のかく量が少ない為ましですが、夏でも三日に一回しか入浴や洗髪できなかった為、髪は見るからにベタベタしていたし、臭いもあった為よく身なりのことでいじめられました。

貧乏なことというと、よく食事のことが上げられると思うのですが、私にとっては、そんなことより目に見える身なりのことの方が、とても辛かったです。

 

体験談7

女性
(女性 30歳)

私が19才の頃に祖父が他界しました。

また大黒柱となった父は突然のリストラで首になり、祖母が家計を支えました。

私は当時、専門学校へ通っていたのでアルバイトしか出来ませんでした。

ある日、祖母が私の部屋に来て、リサイクルショップまで連れていってくれと言ったのです。

理由を聞くと、銀行に住宅ローンを3ヶ月未払いで、預金を差し押さえされたと言ったので驚きました。

祖母をリサイクルショップへ連れていくと、若い頃に祖父から買ってもらったというルビーとダイヤモンドの指輪を売ったのですが、4万円にしかなりませんでした。

 

体験談8

女性
(女性 33歳)

我が家は年子育児で、幼稚園の1学期分の支払いをするときに本当にお金がなくなりました。

私立と言うこともあり、一学期分の授業料が六十万くらいかかります。

そんな時定期預金を潰したくもないので、なんとかやりくりをしてがんばりました。

後は買い物をすることなく、冷蔵庫にあるもので一週間乗り切ろうとしてた矢先、お米がなくなりました。

子供には非常食として買い置きしてあるレンジでチンをするお米で食事を作りましたが、大人はお中元やお歳)

暮でいただいたそうめんで給料日までやっていきました。

にゅうめんにしたりソーメンチャンプルにしたりしましたが、やはりお米が食べたくなり辛かったし悲しかったです。

 

体験談9

女性
(女性 36歳)

仕事を辞めて求職中だった時、毎月の収入が無くなり本当にお金がありませんでした。

実家に居たので、生活はできていましたが、遊びに行くお金はありませんでした。

しかし、少しでもいいから友人と会って話したりしたいものです。

そこで家でご飯を食べてからファミレスに行き、友人には普通にご飯を頼んでもらい、自分は「さっき家で食べてきてお腹いっぱいだから」と水だけ飲みながら過ごしました。

今思うと恥ずかしいですが、ドリンクバーの数百円の小銭を払うことすらもったいなかったのです。

 

体験談10

女性
(女性 39歳)

再婚後旦那さんの就職が決まらず私は妊娠中…働くことも出来ず光熱費、家賃、携帯代などを払うともう食費がない状態。

旦那の両親に助けてもらうも贅沢も出来ず病院に行くガソリン代を工面するのも大変で…切迫早産になりそうになり入院。

お金を借りようにも仕事をしておらず借りられない。

やっと仕事が決まっても生活費ですぐに消えてしまい入院費がかさむ一方…退院した時は小さい赤ちゃんがいるのに電気は止まり暗い中一日を過ごす。

電気がついたと思えば今度はガスが止まる。

そんな生活が2ヶ月。

本当に地獄でした。

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体験談11

女性
(女性 39歳)

独身時代、同棲生活をしていた時のことです。

私は少なからずのアルバイトでしたが、彼が働いていた会社を辞めてしまい職探しをする事早3カ月。

いよいよお互いの貯金も底をつき、彼は日雇いバイトを始めました。

日払いでもらうお金でその日暮らし状態で、お互いギリギリの生活で辛かったです。

一番ショックだったのは財布の小銭をかき集めです。

なけなしのお金で買った大きな菓子パン1つ、袋を開け一口食べた時手が滑って路上に落としてしまった事…。

ちなみに私の口には一口もはいりませんでした。

 

体験談12

女性
(女性 39歳)

社会人になりたての頃、お給料が入るまでが本当に辛かったことを覚えています。

上京したてで、家財もなくまだ肌寒くて、頼る人もなくて本当に辛かったです。

それなのに給料が入る数日前にはお金が厳しくなって、食事は節約しなければならなくなるし、そんな時に限って仕事が遅くまであると帰宅が遅くなって食事を作る体力がなくなってしまうという悪循環が起きる。

結果として、体調が悪くなってしまうので、給料前の週末は家にこもるという生活が毎月続いていたことがありました。

今思うとそれも思い出でですが、本当に辛かったので今はもうそんな思いだけはしたくないと思います。

 

体験談13

女性
(女性 40歳)

25歳で仕事を始めたばかりのころ、お金がなく洋服があまり買えなかったのでいつも同じようなものを着ていました。

あまりにも安い服はいまいちなので、限られた予算の中で何を買うか本当に悩みました。

部屋はワンルームのバストイレなしで、部屋の居心地がよくないため外食をしがちになり、ファーストフードを食べることが多くなってしまいました。

体によくないし、お金も使ってしまうし整った生活ができなくなってしまい精神的にもよくなかったです。

 

体験談14

女性
(女性 41歳)

二十歳の頃、一人暮らしを始めました。

貯金もなく、仕事もまともな仕事はしてませんでした。

親元から勝手にお金を借りてアパート借り暮らしていました。

仕事は夜の仕事でパブに週4日程行き、昼間は寝たりパチンコ行ったりして生活してました。

タバコも当時は1日3箱程吸っており、ある日風邪引いたかなぁ…と思いましたが、いつも通り過ごしていると次の日には喉が痛くて痛くて、仕事を何日か休み寝込み、お金もその日暮らしの私には無くて病院も行けずご飯作るのも無理。

家賃も今月は払えない…泣きたくなりました。

喉の奥が真っ白に膿み、一生に一度の酷い風邪でした。

結局、両親が見舞いに来てくれて、家賃も払ってくれた次第です。

若気の至り…辛い貧乏生活でした。

 

体験談15

男性
(男性 42歳)

大学生だった頃、お金がなく、食費を節制していました。

食品のロスをできるだけ少なくするため、冷蔵庫にはあまり物を詰め込まず、毎晩、質素なご飯を作っていました。

そんなある日、急に熱が出てしまい、家から出られないくらい、体調が悪くなりました。

近くのスーパーやコンビニに買い物に行く気力もなく、お金もない状態で、家の中を見たら、お米もないことに気づきました。

致し方なく、家にある塩をなめ、体調が戻るまで、過ごしました。

健康が一番ですが、ご飯もお金もない貧乏な学生生活がもっとも辛いと感じたエピソードです。

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体験談16

女性
(女性 49歳)

大学を中退し、専門学校に行った息子。

この息子になけなしの貯金全てをつかった。

ある日使った覚えのないカードの請求がきた。

キャッシングとショッピングのワクいっぱいの利用で。

問い合わせると息子が使った様子。

本人に問いただしたら勝手に私の財布から持ち出してキャッシングし。

ショッピングはパソコンに番号を入力し、暗証番号は前に一度教えたのを覚えていたと。

その後もう1社からも同じ請求が私宛にきた。

奨学金がいつまでも入金されなかった。

息子聞くと手続きに戸惑ったからおくれてると。

それでもおかしいとおもい問いただすと。

勝手に名義変更して全額使ってしまったと。

専門学校を辞めさせたが働きもせずその後電話会社から40万の請求もきた。

かんたん決済で使ったと。

私名義の電話。

今は毎月の返済の事で悩み過ぎて食べ物が飲み込めなくなり。

舌がしびれる舌痛症で苦しんでいる。

 

体験談17

男性
(男性 50歳)

商売の営業妨害の後は、就職先も阻止をされ完全に兵糧攻め状態に遭っての中での生活です。

何とかやりくりを考えながら生活をしようとした中で、エアコンと冷蔵庫が故障しました。

熱中症にならないために身体をスーパーの氷で冷やし、冬は布団乾燥機を掛けて温めて寝るなどといった工夫を重ねました。

収入が極端に減ったので外食も外飲みも一切禁止、多くの友人との交友関係もぱったり切れました。

金銭面では貧乏になりましたが、意地悪をし続けて生活の妨害をする周りの人たちの様に心は貧しくならないでおこうと頑張り灯りが見えてきました。

ほんとう食事も質素で、一時期は辛いというよりもその感情さえも沸かないほどでした。

 

体験談18

女性
(女性 51歳)

17歳の頃、家が貧乏で高校の授業料を自分で働いたアルバイト代で払っていたのですが、教室の鞄の中に入れていた筈の授業料が盗まれてしまいました。

次のバイト代で払おうと未納のまま3週間が経った頃、自宅に担任の先生から電話がかかってきて、「授業料を使ってしまったのなら、正直にご両親に話なさい。」と諭されました。

普段から家が貧乏だと悟られないように気を付けている上、アルバイトは禁止。

学校で盗まれた事を話そうかと思いましたが、話したとしても両親に説明を促されるだけ。

必死で生きてるのに。

とても理不尽でやりきれない思い出です。

 

体験談19

男性
(男性 51歳)

私が大学受験の二浪の頃の話です。

一浪目は下宿で共同生活して、食事の不味さと部屋に人が来て勉強出来ないので一人暮らしで二浪しました。

当時仕送りは7万円貰っていましたが、予備校の講習代とかに消えて行って、ご飯と10円の味噌汁と牛乳と卵と野菜炒めだけの自炊で北海道大学を目指して…というより二浪でしたのでもう合格して当然というプレッシャーの中生活していました。

良い授業はどうしても受けたかったので、講習代がかさみ食事代もギリギリで、外食などは出来ませんでした。

そして一人、友達も居ない、勉強は一日10時間を目標に頑張りました。

ちゃんと色んなモノを食べなかったからか、あまり頭も冴えませんでした。

でも無事合格。

しかし、過度の緊張な一年のため神経がやられていました。

うつ病を発病したのです。

お金がない辛さと勉強をしなきゃいけない辛さとたった一人で生きた孤独と…今考えても人生で最も辛い一年でした。

うつ病で障害者となった今でも、あの貧乏さと辛さは忘れられません。

 

体験談20

男性
(男性 62歳)

いつも貧乏なのですが、バラ色の年金生活のはずが、夢の世界でした。

生活保護よりもお金がありません、生活保護の人の方が良い生活をしているようです。

そんな私に、娘の為に、携帯代の支払いの催促が来ました、私の生活費を切り詰めて貯めたお金から支払い、娘からは、中々振り込まれません、これから来る寒い冬の為の灯油代です。

灯油が無いと凍死してしまいます。

お米は友達が届けてくれるので有りますが、おかずも必要です。

田舎に住んでいると野菜をいただくこともあります。貴重な食材です。

それを期待しながらなんとか生活しています。

 

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